 |
 |
講演会なびの人気講師の方々です。
もちろん、ここでご紹介している講師はほんの一例で、他にも人気講師はたくさん在籍しています。 |
 |
|
 |
 |
|
 |
1969年東京大学卒業後、総理府入省。広報室、青少年対策本部、経済企画庁への出向、老人対策室、日本学術会議事務局情報国際課長、広報室参事官、統計局消費統計課長などを経て、1993年〜1995年男女共同参画室長、1995年〜1998年埼玉県副知事、1998年〜2000年オーストラリアでブリスベン総領事を務める。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
新弟子検査基準(当時)の身長に足りなかったため、頭にシリコンを入れて新弟子検査に合格。1990年5月、大相撲で出羽海部屋入門。同月、初土俵(幕下付け出し)。1991年3月、十両(四股名:舞の海)に昇進し、同年9月幕内入りを果たす。角界最小の身体ながら、「猫だまし」「八艘跳び」などファンを驚かせる数々の技をくりだし、“技のデパート”の異名をとる。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
浄土宗・西居院第21代住職・教育評論家
浄土宗・西居院第二十一代住職。大正大学仏教学部卒業後、塾、会社経営を経て、平成2年父の跡を継ぎ住職となる。「平成の駆け込み寺」として、家出、不登校、ひきこもり、いじめ、自傷行為などの問題を抱える思春期の子どもたちを無償で預かり、現在は約10名の若者たちと共同生活をしている。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
タレント
1984年、映画「Wの悲劇」でデビュー。
1998年11月、自然と共にある生活を求めて、栃木県那須高原に住まいを移し、農業にも取り組む。
現在は芸能活動のみならず、講演や執筆業など幅広い活動を展開。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
読売新聞編集員
1970年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同年読売新聞社入社し、浜松支局に配属。本社社会部、政治部、政治部次長、論説委員、政治部長、編集局次長を歴任し。2001年2月に読売新聞編集委員となり、現在は「ズームイン!!SUPER」金曜日解説者として出演中。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
日本女子大学文学部在学中、猪口邦子教授の講演に感銘を受け、渡米。1年間アメリカに滞在中、住み込みのベビーシッター先のシングルマザーが、育児とキャリアを両立している姿を目の当たりにし、衝撃を受ける。
その時から育児と仕事の両立支援を自らのテーマと位置づける。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
京都外国語大学・大学院 外国語学部 英米語学科 教授
(財)大阪21世紀協会企画委員
バーグランド薫夫人(同志社高等学校英語科講師)との間に健、龍之介、漱石の3人の息子がいる。趣味は尺八、囲碁、少林寺拳法、テニス、読書など様々である。また、数々の雑誌や新聞に依頼され日本語や英語で執筆している。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
アナウンサー
千葉県市川市出身。
早稲田大学文学部国文学科卒業後、NHKに入局、アナウンス室に配属。文部省、経済企画庁、総務庁の審議委員を歴任。2000年8月NHKを退社しフリーになる。
現在は、講演・執筆活動・テレビ・ラジオへの出演など幅広く活躍中。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
関西芸術座に所属。45年にわたり、新劇の舞台を中心に活躍する。ビデオ作品「差別戒名の旅」ほか、各県の同和教育の映画にも出演する。この長年の演劇生活から得たものを活かし、一人芝居に独自の芸域を拓き、現在に至る。一人芝居は差別問題を取り上げたものが多く、いわれなき差別と闘いながら展望を拓いていく生き方、差別問題に直面した人間の心の内面を深く抉る舞台に定評がある。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
弁護士
1934年(昭和9年)4月12日生まれ。京都府出身。
1961年 4月 検事任官(札幌・旭川・大津各地検に順次勤務)
〜省略〜
1991年11月 退職、弁護士登録・さわやか法律事務所及びさわやか福祉推進センター開設(1995年4月、さわやか福祉財団となる)
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
理学博士
お茶の水女子大学理学部数学科教授
1943年7月9日:満州国新京(長春)で生まれる
1946年9月:引き揚げ(藤原てい著「流れる星は生きている」に詳述)
1976年:お茶の水女子大学理学部数学科助教授
1987年:ケンブリッジ大学にて研究と教育に従事
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
チベット声楽家
チベット出身。名前はチベット語ではペマヤンジェン、「ハスの花にのった音楽の神様」の意味。7歳の時からチベット民謡と舞踊を始める。中国国立四川音楽大学声楽学部でチベット人初の本科生として、西洋オペラを専攻。卒業後、同校専任講師に就任。中国各地でコンサートに出演する。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
タレント/作家
1986年、読売テレビ「ときめきタイムリー」で上岡龍太郎氏と共に司会を務め、本格的なタレント活動を開始。
働く女性たちの代弁者として、テレビ・ラジオで活躍中。
豊かな人間観察に裏打ちされたテンポの良いトーク、そして歯に衣着せぬコメントで人気を博す。 。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
講談師
1949年(昭和24年)9月4日大阪府堺市生まれ。
NHK朝の「やんちゃくれ」(天神堂梅林役)等のドラマや舞台出演など、幅広い活動を展開する上方講談界の第一人者。ゆかりの地の「人物伝」や「社長さん一代記」等のオリジナル創作講談も好評。2001年芸術祭優秀賞、2004年大阪文化祭賞グランプリほか受賞多数。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
スポーツジャーナリスト
1985年のパンパシフィック選手権ではデュエットで優勝、ソロで2位獲得。
1992年に引退後はシンクロの普及活動・指導の傍ら、JOC、NAOC広報委員をつとめる。またマスコミの分野でも、1993年よりTBS番組「情報スペースJ」スポーツキャスター、広島アジア大会のTBSキャスターをつとめ、週刊文春にエッセイを連載。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。
97年第一勧銀総会屋事件に遭遇し、広報部次長として混乱収拾に尽力。その後のコンプライアンス体制に大きな役割を果たす。この事件を元にした映画「金融腐蝕列島 呪縛」(主演:役所広司)のモデルとなる。
2003年退社後、作家として本格的に活動。経済小説の域にとらわれない新しい金融エンタテイメントを描いている。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
 |
 |
 |
 |
|
 |
講演会テーマ
ありのままのあなたが…
etc... |
|
 |
|
|
 |
シンガーソングライター
10代の非行体験など、荒れた青春時代を送ったもののその時代を宝にし、活かしていく活動として教育相談、子育て相談、カウンセリングなどを手がけている。コンサートの傍ら様々な心理学の学びいくつかの考え方を横断的に結びつけ独自のカウンセリング体系を作り上げている。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
昭和27年、林家三平氏と結婚。昭和55年、夫・林家三平氏の死後、弟子のこん平氏を始め、30名の弟子を支える。
平成7年11月には夫三平の資料を整理し、林家三平記念館・ねぎし三平堂をオ−プン、笑いの天才・林家三平氏の精神を生かし続けている。
長男は林家正蔵氏(落語家)、次男は林家いっ平氏(落語家)、二男二女の母でもある。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
気象予報士
朝日放送「おはようコールABC」「おはよう朝日です」の“正木さんのお天気”コーナーでおなじみの気象予報士。天気予報を担当するほか、屋外に飛び出し、近畿の空や自然を伝えるリポーターも担当。国家資格である気象予報士ができる以前より、各局の天気予報で解説を担当。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
オフィスバーバラ代表/歌手AIの母
Be Happy より幸せに
Be Healthy より健康に
Be Positive より前向きに
Be Confident 自信をもって
Be Successful 成功を目指して
この5つのテーマで前向きに生きることを提案する。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
獨協大学特任教授。
専門分野はマクロ経済学、計量経済学、労働経済、教育計画。
難しい『経済』を切るその語り口は解りやすく、明快である。
ニッポン放送「森永卓郎 朝はニッポン・一番ノリ!」のパーソナリティーとしても活躍中
ミニカー他、様々なコレクターとしても有名。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
僧侶/アナウンサー/華道家
ホームページを立ち上げ「心の問題」に取り組む。今では老若男女問わずメールでの心の悩みが殺到。ヤフー人名検索1位になる。
現在ではひざとひざをつき合わせた段差のないお話しをモットーとし、全国を飛びまわる。現在、毎日文化センター「心の講座」講師、光華女子中高等学校講師も務める。。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
作家、セミナー・プロデューサー
セミナー・プロデューサーとして年間300を超える講演・研修をプロデュースする傍ら、地域活性や人材活性、企業活性の活動、執筆、新聞・テレビ・ラジオなどでも活躍中。
モットーは、「感じて・興味を持って・動く」人づくり!
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
クレーム処理研究会主宰
大手カメラメーカーに入社。製造部門、消費者相談室、各サービスセンター所長を歴任。多くのクレームを解決すると共に全国に真のファン作りをする。2002年退社。「クレーム処理研究会」を主宰、各企業へのCS指導、講演活動を行っている。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
慶應義塾大学経済学部教授
内閣府特命顧問
国の内外に幅広い人脈とネットワークを持ち、そのバランスのとれた見識と率直な発言、そして魅力的な人柄には、経済界・労働界からも厚い信頼が寄せられている。学術研究の傍ら、新聞・雑誌・テレビなどでも活発な言論活動を行っている。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
カウンセラー/エッセイスト
ヘルパー養成研修講師、ボランティア研修講師。
「介護することは、自分の老いのリハーサル」と語り、全国各地で講演。年代を問わず多くの人々の支持・共感を得ている。現在、1男3女は成人し、親業卒業。自身の介護を意識しながら夫との共同生活を実践中。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
ファッションモデルとして活躍中の1984年、交通事故で頚椎を骨折、半身不随となる。1985年、鳥取での身障者の国体に出場し、2種目(スラローム・60m)に大会新記録で優勝。1986年結婚。1987年イギリス「国際ストーク・マンデビル競技大会」(車いす競技の世界大会)で金メダルを獲得。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
学校法人服部学園・服部栄養専門学校 理事長・校長
受賞:藍綬褒章、厚生大臣表彰、文部大臣表彰、仏国大統領より国家功労勲章シュヴァリエ章及び仏国農林水産大臣より農事勲章シュヴァリエ章、東京都知事功労賞、その他多数あり。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
まちおこしダンスアドバイザー
イラストレーターの傍ら「心と体の健康」をテーマに全国行脚中。各市町村で「まちおこしダンスアドバイザー」としても活躍。文化教室や生涯教育のステップダンス講師、(財)大阪府レクレーション協会公認「生涯スポーツディレクター」、大阪府守口市シルバー人材センター体操講師も務める。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
桂三枝師匠に入門。師匠桂三枝が「落語会の新しい風になれ!」と願ってつけた名前。風刺の効いた創作落語やショート落語が持ち味で、自作は120本を超える。
落語界初!桂三風オリジナルの客席参加型落語。2003年12月5日、「桂三風の客席参加型落語」で商標登録される。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
保土ヶ谷中学校1年からアーチェリーを始め、3年生にて全日本アーチェリー選手権大会出場。
2004年開催のアテネオリンピックではロサンゼルスから20年ぶりに銀メダルを獲得。単一競技でのオリンピックへの5回出場は日本人最多。オリンピック選手で数少ないアマチュアとして、日体大・助教授と選手生活を両立させている。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
作家
明治大学英米文学科卒業後、1967年株式会社文化放送入社。アナウンサーを経て、作家生活に入る。執筆活動だけでなく、東京・青山と大阪・江坂に、子どもの本の専門店[クレヨンハウス]と女性の本の専門店[ミズ・クレヨンハウス]を主宰。具体的なスペースを1976年から提案している。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
落語家
1961年 三代目桂春団治に入門。芸名、桂一春。
1966年 桂小春になる。
1975年 四代目桂福団治を角座にて襲名。
1976年 映画「鬼の詩」直木賞作に主演。
1979年 手話落語考案。
1982年 手話落語教室を開校。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
阪神大震災の語り部/骨髄バンクボランティア
骨髄バンクボランティアや阪神大震災の被災体験を通し“命の重みと人のやさしさ” “ボランティア” “子供達の可能性や高齢者の勇気”などをテーマに熱く人間味があふれる関西弁で何処にでも居る一人の母親の立場で語ります。、いつも聴衆に大きな感動を感じて貰えます。
詳細はこちらから |
|
 |
|
 |
|
 |